AI時代のCX再設計|全7回シリーズ
第2回 なぜ顧客は「何度も説明させられる」のか
AI時代に問い直す、CRMと顧客コミュニケーションの役割
店舗で30分かけて要望を伝えた。翌週、同じ商品をECで検討するために問い合わせると、最初から状況の説明を求められる。購入後にコールセンターへ電話すれば、また一から説明をやり直す。届くメールは、自分が興味を持っていない商品の案内ばかり。顧客が日々小さく積み重ねているこうした違和感は、どこから生まれているのでしょうか。
※本コラムは、2023年下期に配信したステップメール連載をベースに、AI時代のCX・ユニファイドコマース・エージェンティックコマースの観点から再編集したリライト版です。
1. 問い合わせ対応の先にあるもの
前回のコラムでは、コンタクトセンターやCTIを起点に、問い合わせ対応の意味を捉え直しました。
問い合わせ対応は、単なるコスト処理ではありません。顧客が何に困り、何に迷い、何を期待しているのか。そうした顧客の状態が表れる、貴重な接点です。そこには、顧客理解の入口があります。
ところが、その入口で得た気づきが次の体験につながっていなければ、顧客理解は一回限りの対応で終わってしまいます。コールセンターでは同じ問い合わせが繰り返され、店舗では同じ悩みの相談が積み重なり、ECでは同じ場所で離脱が起きている。アプリやメールでは反応が取れていても、その後の購入や問い合わせとつながらない。それぞれの接点では、確かに顧客の声が見えています。けれども、その情報が顧客単位でつながっていなければ、企業全体としては顧客を理解できているとは言いにくい状態のままです。
例えば化粧品業界では、コールセンターで得られた顧客の不安や相談内容が、EC上の推奨や購入後フォローに十分反映されないケースがあります。「肌に合わない」という相談に対し、担当者が使い方を見直し、別の商品を案内したとしても、その応対履歴がECのレコメンドや次回配信に連携されなければ、企業全体では顧客理解が途切れてしまいます。現場では確かに顧客理解が起きている。それでも、接点をまたぐと見えなくなる。こうした構造は、決して珍しいものではありません。
第2回で取り上げたいのは、この接点で得た気づきを、どのように継続的な関係性へとつないでいくのか、という問いです。そして、そこで鍵を握るのが、CRMと顧客コミュニケーションの捉え直しです。
CRMは、顧客情報を保管する箱ではありません。本来は、顧客との関係性を設計し、改善し続けるための考え方を指す言葉です。接点を増やすことと、関係性が深まることは、同じではないのです。
2. 接点は増えた。けれど、顧客理解は深まったのか
企業と顧客の接点は、この十数年で大きく広がりました。
店舗での接客に加え、ECサイト、スマートフォンアプリ、メール、LINE、SNS、コールセンター、チャット、FAQ、レビュー、会員プログラム。顧客とつながる手段は増え続け、企業はより多くのデータを取得できるようになっています。
一見すると、顧客理解は以前よりも進んでいるように見えます。しかし現場では、むしろ逆のことが起きているケースもあります。接点が増えたにもかかわらず、顧客の状態は見えにくい。データは蓄積されているのに、次の体験につながらない。施策は増えているのに、顧客から見ると体験に一貫性がない。
ECでは購入履歴が、店舗では接客履歴が、コールセンターでは問い合わせ内容が、メールやアプリでは反応率が、それぞれ管理されています。各部門・各システムの中では、たしかに顧客情報が扱われています。それでも、それらが顧客単位で束ねられていなければ、企業として一人の顧客像を結ぶには至りません。接点を増やすことと、顧客を一人の存在として理解することは、別の話なのです。
顧客の側から見れば、企業との接点は分かれていません。ある日は店舗で商品を見て、別の日にECで比較し、アプリでクーポンを確認し、購入後にコールセンターへ問い合わせる。受け取ったメールを開き、SNSでレビューを眺める。顧客にとっては、すべて地続きの一連の体験です。
けれども企業の側では、それらが別々の部門、別々のシステム、別々のKPIで管理されていることが多くあります。この状態では、企業は顧客の行動を部分的には把握していても、文脈としてはつかみきれていません。
「顧客は何度も同じ説明をさせられている」という違和感の多くは、この構造から生まれています。
【図版1】 接点は増えた。けれど、顧客理解は深まったのか
3. 分断は、システムよりも先に「見方」から始まる
顧客体験の分断というと、よくシステムの分断が語られます。CRM、MA、CDP、EC、POS、CTI、FAQ、BIといったシステムが個別に存在し、データが連携できていない。だから顧客理解が進まない、という議論です。これは間違いなく大きな課題です。
ただし、分断はシステムだけで起きているわけではありません。より根深いのは、部門ごとに「顧客の見方」が異なることです。
マーケティング部門は、開封率やクリック率、キャンペーン反応を見ています。EC部門は、流入とCVR、購入単価、カート離脱を追っています。店舗は、来店、接客、購入、会員登録に目を向け、コールセンターは応答率や解決率、満足度を測っています。経営は、売上、利益、LTV、ブランド価値で全体を捉えています。それぞれの指標は必要であり、どれかが間違っているわけでもありません。
例えばアパレル小売では、セールメールの反応率が高まり、マーケティング部門では成果として捉えられる一方で、店舗では「メールを見て来店した顧客が、目当ての商品が店頭にないと困っている」といった声が上がることがあります。同じキャンペーンが、片方では成功に見え、片方では顧客の信頼を少しずつ削っている。顧客から見れば、これは別々の出来事ではなく、「同じ自分」に起きている一連の体験です。
けれども、顧客から見れば、自分はあくまで一人です。何に迷っていたのか。なぜ購入したのか。何に不満を持ったのか。次に何を求めているのか。どのタイミングでどの接点に来たのか。そうした流れがつながらなければ、顧客理解は断片のまま積み上がっていきます。
CRMを導入しても、部門ごとの見方が分かれたままでは、関係性は思うようにつながりません。顧客情報を「記録すること」と、顧客を「理解すること」は同じではないからです。
CRMに本来求められる役割は、顧客を管理することではなく、接点をまたいで顧客の状態を捉え、次のコミュニケーションへ活かすことにあります。顧客体験の分断とは、データベースが分かれているという話だけではありません。企業側の見方と管理単位が、顧客の実際の行動とずれていることから生まれているのです。
4. AIから見たとき、その企業の輪郭は結ばれているか
こうした分断は、これまでは企業内の運用や現場対応によって、ある程度補えていた面もあります。顧客コミュニケーションが、企業から顧客に直接情報を届ける形を中心に組み立てられてきたからです。
広告を出し、メールを送り、アプリで通知し、店頭で案内し、ECでレコメンドを出す。企業が接点を設計し、顧客がそこに反応する、という構造のもとでは、内部に分断があっても、顧客にはひとまず情報を届けることができていました。
しかし、生成AIやAIエージェントが購入行動に関与するようになると、この前提は変わっていきます。顧客は検索窓にキーワードを打ち込んで自分で比較するだけでなく、AIに相談し、AIが候補を整理し、条件に合う商品やサービスを提案する。場合によっては、AIエージェントが顧客の代理として情報を集め、比較し、購入判断を支えるようになります。
このとき、企業に問われるのは「顧客にどう見せるか」だけではありません。AIにどのように解釈されるかです。
AIが企業の商品やサービスを正しく理解するためには、商品情報が整っているだけでは足りません。価格、在庫、スペック、レビュー、配送条件に加えて、どのような顧客に向いているのか、どのような課題を解決するのか、どの接点でどのような体験が提供されるのか、購入後にどのようなサポートがあるのか。こうした要素が、文脈として整理されている必要があります。
例えばBtoBソフトウェア企業でも、自社の製品名を生成AIに尋ねた際に、古いレビュー記事や過去の仕様をもとに説明されることがあります。現行版にはない仕様が紹介され、肝心の最新機能には触れられない。製品ページや事例を公開していても、AIに見える企業の像が、自社が伝えたい姿とずれてしまう可能性があります。情報はある。けれど、AIに読まれる構造にはなっていない。これは、これから多くの企業が向き合う課題です。
さらに、顧客一人ひとりに最適な提案を行うためには、購入履歴、行動履歴、問い合わせ履歴、嗜好、利用タイミング、過去の不満や期待が、その顧客の文脈としてつながっていることが欠かせません。もし企業側の情報が分断されたままであれば、AIから見たときに、その企業の輪郭はぼんやりとしか結ばれません。商品はある、接点もある、データもある。それでも、それらが文脈としてつながっていなければ、AIにとっての企業の価値は見えにくくなってしまいます。
これからの競争では、顧客に選ばれるよりも前に、AIに理解される構造を持てているかが問われます。顧客接点やデータの分断は、もはや業務効率の問題にとどまりません。AI時代の競争力そのものに直結する課題になりつつあります。
5. 顧客は、自分が一人だと知っている
では、企業は何を見直すとよいのでしょうか。
重要なのは、個別の接点をさらに強化することだけではありません。ECを改善する、アプリを刷新する、CRMを高度化する、コールセンターにAIを入れる。こうした施策はもちろん必要です。しかし、それぞれを個別に最適化するだけでは、顧客体験全体は思うようにつながりません。
必要なのは、顧客単位で接点を見直すことです。顧客はどのようなきっかけで企業を知り、どの接点で情報を集めるのか。何に迷い、何を比較し、どのタイミングで購入を決めるのか。購入後に、どのような不安や期待を抱えているのか。継続利用や再購入に至るまでに、どんな体験が必要なのか。この流れを顧客視点で捉え直したうえで、店舗、EC、アプリ、メール、LINE、コールセンター、データ基盤、AI活用をどうつなぐかを設計していきます。
その際に軸になるのが、顧客文脈の同期です。
顧客文脈とは、属性情報や購入履歴のことではありません。その顧客がいまどのような状態にあり、何に関心を持ち、何に迷い、どのような体験を経て、次に何を求めているのか。その流れ全体のことです。この文脈が接点ごとに途切れていると、顧客は何度も同じ説明を求められたり、自分に合わない提案を受け取ったり、購入後の不安を放置されたりします。
逆に、顧客文脈が企業全体で同期されていれば、接点が変わっても体験はつながります。店舗での相談がECの提案に活かされ、問い合わせの内容が次のコミュニケーションに反映され、購入後の利用状況がサポートや再提案へつながる。顧客は、企業が自分のことを理解してくれている、と感じやすくなります。
AI活用も、この構造の上にあって初めて意味を持ちます。AIを導入することそれ自体が目的ではなく、AIが顧客文脈を読み取り、次の体験につなげられるように、接点・データ・業務・システムをあらかじめ設計しておく。それが、AI時代のCRMが向き合うべきテーマです。
【図版2】 顧客文脈を同期し、AIにも理解される情報構造
6. これは、マーケの仕事を超え始めている
顧客理解という言葉は、これまでマーケティング部門のテーマとして語られることが多くありました。しかし、AI時代における顧客理解は、もはや一部門で完結するテーマではありません。
店舗運営、EC運営、カスタマーサポート、商品企画、物流、データ活用、システム開発、セキュリティ、組織体制、人材育成、投資判断。顧客体験を本当に変えようとすれば、いずれの領域も無関係ではいられず、部門をまたいだ意思決定が避けられなくなります。
たとえば、顧客文脈を同期するためには、どのデータを共通化するのかを決める必要があります。どの接点で取得した情報を、どの部門が、どの目的で活用するのかも整理しなければなりません。顧客に不快感を与えない範囲で、どこまでパーソナライズするのか。AIをどの業務に使い、どの判断は人が担うのか。こうした論点は、ツール選定だけでは決められないものばかりです。
顧客体験の再設計は、売上向上だけでなく、LTV、ブランド価値、業務効率、従業員体験、そしてAI活用の基盤づくりにもつながっていきます。だからこそ、顧客接点とデータの再設計は、マーケティング施策ではなく、経営の設計課題として捉える必要があります。
これからの企業に求められるのは、接点を増やすことではありません。顧客を一人の存在として捉え、企業全体で文脈を同期し、顧客にもAIにも理解される構造をつくっていくことです。
こうした顧客接点・データ・業務・システムを横断して捉え直す視点は、MARKETING CANVASが重視している考え方とも重なります。個別の接点やツールを起点にするのではなく、企業ごとの状況に合わせて、顧客体験全体をどのように再設計していくか。その見取り図を描くことが、AI時代のCRMを考えるうえでも重要になります。
第1回で見直した問い合わせ対応は、顧客理解の入口でした。第2回で見直したCRMと顧客コミュニケーションは、その入口で得た気づきを関係性へとつないでいくための構造です。そして次に問われるのは、その関係性を支える顧客情報を、どのように集め、統合し、活用できる状態にしていくのか、ということになります。
顧客を理解するためには、接点が必要です。関係性を深めるためには、コミュニケーションが必要です。そして、その両方を継続的に機能させるためには、分散したデータをつなぐ設計が欠かせません。
次回は、データ統合・収集をテーマに、顧客情報を「持っている」状態から「活用できる」状態へと変えていくために、企業が何を見直すべきかを考えていきます。
用語集
CRM
顧客との関係性を継続的に設計・改善するための考え方。システムとしてのCRMだけでなく、店舗、EC、コンタクトセンターなどの接点をまたいで、顧客を一人の存在として扱うための関係性設計として捉えることが重要になる。
顧客コミュニケーション
店舗、EC、アプリ、メール、LINE、コールセンターなどを通じて、顧客との関係性を継続的につくる接点設計。単発施策を積み上げるのではなく、顧客の状態に合わせて会話や提案をつなぎ、企業全体で一貫した体験をつくることが要点になる。
顧客文脈
顧客がどの接点で何に迷い、何を期待し、次にどのような体験を必要としているのかという一連の流れ。顧客文脈を捉えられないと、企業は接点ごとの反応を見ていても、顧客との関係性を深めにくくなる。
CDP
複数の接点やシステムに分散した顧客データを統合し、分析や施策に活用するための基盤。CRMを機能させるためのデータ面の土台であり、導入そのものよりも、どの顧客文脈をどう活かすかの設計が問われる。
AIO
AIに正しく理解・引用・推薦されるよう、情報構造やコンテンツを整える考え方。SEOと同じではなく、読者にとって有用な情報を、AIにも誤解されにくい形で構造化する視点が重要になる。
FAQ
Q1. CRMを導入しても、なぜ顧客は何度も説明させられるのですか?
CRMに情報が入っていても、店舗、EC、コンタクトセンター、アプリなどの接点で情報の見方や管理単位が分かれていると、顧客は一人の存在として扱われにくくなります。CRMの導入だけでなく、どの接点で得た情報を、どの部門が、次の体験にどう活かすかまで設計することが必要です。
Q2. 顧客コミュニケーションとマーケティング施策は何が違いますか?
マーケティング施策は、メール配信やキャンペーンなど個別の活動を指して使われることが多い言葉です。一方、顧客コミュニケーションは、顧客との関係性を継続的に築くための接点全体の設計を指します。施策単位ではなく、顧客の状態に合わせて体験をつなげる視点が重要になります。
Q3. 顧客文脈を同期するとはどういう意味ですか?
顧客文脈を同期するとは、購入履歴や属性情報だけでなく、問い合わせ内容、店舗での接客、EC上の行動、施策への反応などを顧客単位でつなぎ、接点が変わっても顧客を一人の存在として理解できる状態にすることです。
Q4. AI時代のCRMでは、何を見直すべきですか?
AI時代のCRMでは、顧客情報を蓄積するだけでなく、AIが顧客文脈を読み取り、次の提案や対応に活かせる構造になっているかを見直す必要があります。顧客に選ばれる前に、AIに正しく理解される情報構造を持てているかが問われます。
Q5. 最初に取り組むべきことは何ですか?
まずは顧客が接点を移動したときに、どこで説明のやり直しが発生しているかを確認することです。そのうえで、接点ごとのKPIやデータ管理を顧客単位で見直し、CRMを関係性設計の中核として機能させることが重要になります。
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